群馬県前橋市下小出町二丁目16-7
027-232-1561

プロフィール

日本共産党前橋地区委員会の吉田なおひろ(直弘)です。「市政を希望に変える」をスローガンに活動しています。

氏名 吉田 直弘(よしだ なおひろ)
生年月日 1978年9月2日生まれ(乙女座)
出身地 桐ダンスと麦わら帽子、クレヨンしんちゃんの町、埼玉県春日部市生まれ
育ちは人形の町・岩槻市(現さいたま市岩槻区)
学歴 豊春小→東岩槻小→桜山中→昭和鉄道高校機関科→共栄学園短大英語学科卒

ごあいさつと決意

ホームページへお越しいただき、ありがとうございます。

私は、前橋のために皆さんの役に立ちたいという決意で市政に望んでまいります。
私は、医療・介護の労働組合、医労連という労働組合で15年間活動してきました。この経験を生かして、命と暮らしが第一の福祉の視点に立って市政に望みます。力を合わせて前橋市の魅力と付加価値を存分に引き出して、魅力ある前橋市を作る一助になりたいと思います。ご一緒に、市政から前橋の未来に希望を切り拓いていきましょう。

私は、2009年に結婚を機に妻の実家がある前橋にやってきました。関東平野のど真ん中の埼玉県から来た私には、市内の中心を利根川が流れ、北に赤城山、西に榛名山や浅間山がきれいに見える風光明媚な前橋は魅力に溢れた街でした。歴史好きな私にとっては、古代東国の都ともいえる前橋の古墳群の数々や、山王廃寺に象徴される文化遺産も魅力です。地元にJリーグのクラブ「ザスパクサツ群馬」があるのも、私にとっては魅力です。

私が暮らす箱田町や東地区、周辺地域は、新興住宅が増え、若い世代のご家庭も増えています。滝川に沿ってできた東ふれあい公園が、子供たちの声で賑わう様子が東地区の象徴的な風景となっています。子育てや将来の介護への不安を減らして、お父さんお母さんたちが元気に仕事と育児が両立できるようにしていく必要があると考えています。こうして、未来を担う子供たちが元気にすくすく希望を持って育つことができる町にしていくことが、前橋の将来に希望をひらくために必要な要件になると思います。

子どもたちの未来に希望をひらくためには、子どもたちが学ぶ楽しさ、好奇心が自然とにじみ出てくるような教育環境を整備することも大切です。市内の教職員を増やして、先生たちの長時間労働を無くして、先生と子供たちの心が通い合う、子どもたちが通っていて楽しいと思ってもらえる学校づくりを支援することも必要だと思います。子供たちに過度にストレスを与える学力テストの在り方にも問題を感じています。子供たちが年金のことで将来に不安を持ち、自己責任や周囲への同調圧力で言いたいことが言えないストレスフルな世の中がまともな世の中だとは思えません。もっとのびのび自由な人格が形成できる教育環境の実現を後押ししていきたいと考えています。

前橋に来てから、ロードサイドに大型店舗が集中する一方で、中心街は賑わいを失っている状況には大きな驚きもありました。車がなくては暮らしていけない地域も多い現状を目の当たりにしました。大型道路や開発事業は、行政からのトップダウンで物凄いスピードで進みますが、住民のニーズに必ずしもかみ合わない開発事業の在り方が、今日の前橋市の現状だとも考えます。

それでも、前橋の町は、天然水を買わなくてもおいしいお水が飲めて、農産物や食肉も地産地消が可能な恵みや魅力にあふれた街だと私は思います。県外出身者の私だからこそ、よく見えてくる前橋の魅力と価値があります。何よりも皆さんの郷土愛が半端ではない。「この街を何とかしたい」と活躍される方も若い人からお年寄りまでたくさんいます。
この前橋市の最高の宝と可能性は、地域を支える皆さんです。市民の皆さんとともに歩む街づくりを進めてこそ、前橋を魅力や優れた付加価値を創出して彩りある街づくりができるということを強く確信します。

前橋の町は決して、今までの価値をぶっ壊して、大型開発で表面ばかり彩ったハリボテの町に変える必要はないと思います。市民の皆さんが築いてきた町の付加価値をいかに引き出して、その土台の上に新しい峰を築いていくかという一般論がまさに妥当するのだと思います。

市民の皆さんのもとに電話一本で駆けつけ、市民の皆さんと一緒に考え、市に提案もして街づくりを進めてきた日本共産党だからこそ、皆さんのお気持ちに寄り添った文字通り“市民本位”の街づくりを一緒に進められるものだと確信しています。
医療や介護で働く人たちと一緒に現場に入って活動してきた経験を生かして、地域の皆さんのお役に立てるよう全力で頑張っていく決意です。

どうして共産党から出るの?

私は、21才の時に共産党に入りました。きっかけは平和活動をする仲間を求めてのものでした。共産党で活動していく中で、電話一本で相談に駆け付けて住民と力を合わせて問題や困難の解決に力を尽くす共産党の地方議員を見てきました。前橋市の市議の活動姿勢も全く同じでした。私にとって、共産党の地方議員の一番の魅力は、住民と同じ目線で、「財源」を言い訳にせず、タブーや特定の大企業や団体の保護者となることなく、住民の願いの実現に全力で活動し、議会では必ず発言して、「いいことは良い、悪いことは悪い」を貫いて、時にはきっぱりと反対の意思を示せることだと思います。こうした活動を目の当たりにしていく中で、共産党市議団の一員として皆さんのお役に立っていきたいと思い、決意に至ったものです。

15年間の医労連での活動経験を生かして

私は、埼玉医労連というところで活動をしてきました。病院や介護施設を中心に、働く者の地位向上や労働条件改善に取り組んできました。看護師増員の運動や青年部の運動を担当しながら、命を守る地域医療の実現を目指してきました。介護労働者の賃金・処遇の抜本改善が今もなお大きな課題です。職場や現場の先輩たちが私を育ててもらった経験を生かして、医労連でやり残した課題を、今度は政治の場で。地域住民や患者さんの命を守る地域医療の充実、患者さんからのナースコールにはすぐに応えることができる“当たり前”の看護の実現は何としてもやり上げたいと思います。合わせて、介護職の賃金の底上げをしながら、人手の確保で介護サービスの充実を目指します。

平和への願いを未来に発信し続けたい

“2度と戦争の過ちを繰り返さない”と誓って先人たちが作り上げた憲法9条を、未来の子供たちにも引き継いでいきたい。私は、ライフワークとして平和ガイドや平和企画などを行ってきました。若い人たちには、戦争とは何なのか、自分の目で体感し、過去の体験にも触れながら学んで共感してもらえる場を作っていきたいです。終戦の年となった1945年8月5日、前橋の町も空襲で焼け野原になりました。600名近い死者に、6万人ともいわれる被害者が出ました。戦前の日本は、アジア・太平洋諸国を植民地化し、多大な迷惑をかけてきました。従軍“慰安婦”問題や徴用工問題など、歴史的にも未解決な問題も多々あります。こうした歴史の上に今の日本はありますが、まずは子どもたちや市民の皆さんに一緒に考えてもらう場として、市立の平和資料館の設立を実現していきたいと考えています。

来歴

1997年 昭和鉄道高校機関科卒

新幹線運転手に憧れて同校へ。時刻表は肌身離さず持ち歩いていました。青春18きっぷで埼玉から出雲や鹿児島などへ普通電車で旅しました。
1995年に発生した沖縄米兵少女暴行事件をニュースで知り政治・社会のことに関心を持つように。

思い出深いのは、切符切りと駅のホーム整理のアルバイトをしたことです。

1999年 共栄学園短大英語学科卒

インターネットでつながった人たちと、沖縄への平和ツアーや都内で開かれる集会に参加。このころに共産党の存在を知る。国際経済に興味を持つ。卒業旅行はニューヨークへ行き、ニューヨーク証券取引所やワールドトレードセンタービルを見学。自由とグローバルな雰囲気を味わえるニューヨークは、一度は暮らしてみたい街です。

1999年 証券会社に勤務

きっかけは映画「ウォール街」。主演俳優に憧れて証券会社に就職。証券外務員Ⅰ種資格を取得。
就職直前の98年12月30日、プチ自慢は、東証最後の立会場での大納会に参加して手締めを体験したこと。先輩から、かつて立会所で使われた手サインも教えてもらいました。お客さんとの市況解説や株式談義が好きでした。
しかし、過剰なノルマに追われ、朝7時に出勤し夜11時まで勤務の日々を過ごす。いま考えてみると、ブラック企業を無くしたい原点です。

1999年 日本共産党に入党

平和活動の仲間を求めて共産党へ入党。このころから日本民主青年同盟、日本平和委員会に入会し活動。雨の日も風の日も休みの日も関係なく、住民の相談に電話一本で駆けつける岩槻市議会議員の活動にはたまげたものでした。

2000年 埼玉県医療労働組合連合会(現埼玉県医療・介護労働組合連合会)

しんぶん赤旗の求人広告で転職。労働相談や組合づくり、看護増員の運動、青年部運動を通して「安全・安心の医療」の実現、医療・介護で働く人たちの賃金・労働条件の向上、夜勤の負担軽減などの運動に取り組む。青年部では「最賃体験」などに取り組み、最低賃金の時給1,000円への引き上げを目指す。ハラスメント実態調査などに取り組む。

医療・介護の現場で働く先輩たちに育ててもらいました。だからこそ命と暮らしが第一!

2009年 結婚

医労連の青年部行事で、群馬から参加していた妻と知り合う。1年の交際を経て結婚。住居を群馬県に移す。

2015年 司法書士法人で勤務

司法書士試験受験への挑戦をきっかけに転職。司法書士補助者として不動産登記関連業務に携わる。司法書士試験は合格に至らず(泣)

2016年 日本共産党前橋地区委員会

現在、党地区常任委員、党青年・雇用対策室長。

プライベートの紹介

ライフワークは平和活動

平和委員会の活動を通して、靖国神社の平和ガイド、原水禁世界大会への青年バスツアーなどに取り組む。2005年には、NTP再検討会議へ埼玉原水協の代表団の一員として参加。

ニューヨークにて署名活動

核廃絶を訴える

13か国を一人旅

戦争遺跡や遺跡、現地の人との交流を求めて海外へ。グルジア(現ジョージア)では、アブハジア紛争の影響でソ連時代の高級観光ホテルが難民キャンプと化している様子には衝撃を受けました。わずか20ドルの賄賂を求め、顔に銃を突き付けられた恐怖は忘れられません。戦争は、腐敗と貧困、恨みの連鎖を生むものだと痛感しました。

韓国、中国(台湾・香港・マカオを含む)、ロシア、ウズベキスタン、カザフスタン、アルメニア、ジョージア(ロシア語でグルジア)、ウクライナ、ポーランド、チェコ、アメリカ、ベトナム、カンボジア

ウズベキスタンにて

中国山東省にて

中国にて

古墳・史跡をワールドワイドに見て歩いています

古代の東アジアと日本の交流を学んでいます。古代の群馬は、東国の中心でした。前橋は古墳天国です。全国に2例しかない、総社地区の山王廃寺の石製鴟尾は必見です。

韓国慶州にて

韓国・池山洞古墳群

山王廃寺跡の石製鴟尾

ザスパのサポートは生活の一部

地元のJリーグクラブザスパクサツ群馬を前橋に引っ越してきて以来応援しています。上を目指して頑張る選手たちを応援せずにはいられない。

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